Thomas OatesによるITIアカデミーのラーニングモジュール「インプラント周囲組織の評価」へようこそ
日本語翻訳協力者: 野尻 俊樹

インプラントによる欠損補綴は、患者に大きな利益をもたらす。インプラント治療の成功および長期的に安定した予後を得るためには、インプラント周囲の複雑な生物学的構造を理解する必要がある。インプラントは、バイオフィルムや自己の免疫反応などによる生物学的影響を受ける環境下において、機能的な要求を満たさなければならない。したがって、インプラント周囲組織の状態を良好に維持することは、インプラントの成功および長期的な予後を確立し、患者の利益に寄与するために不可欠な要素である。

本ITIアカデミーモジュールの受講により、以下の内容に関しての理解を深める。・健全なインプラント周囲組織の解剖学的特徴・インプラント表面に形成されたバイオフィルムが、インプラント周囲軟組織および骨に炎症を惹起するメカニズム・インプラント周囲軟組織および骨に対する炎症の影響・インプラント周囲軟組織および骨の健康状態を評価するために必要な臨床的パラメータ

インプラント体の粘膜貫通部は、組織学的に上皮組織と結合組織から構成されている。これらの組織は、形態ならびに機能の点においてもひとつの統合体として、インプラント体の粘膜貫通部における口腔内環境との交通を封鎖することにより、インプラント周囲組織への細菌侵入を防止している。この上皮組織と結合組織からなる構造は生物学的幅径と呼ばれ、常に一定の距離が維持されているが、その値は変化し得る。生物学的幅径の維持のため、インプラント周囲の骨と上皮の間には常に一定の距離の結合組織層が存在しているが、それにより構成される生物学的幅径はインプラントを埋入する解剖学的な位置やインプラント上部構造の設計などにより変化しうる。よって、健全なインプラント周囲に必ずしも結合組織層による一定の距離が維持されていると断言することはできない。

インプラント周囲軟組織は、天然歯歯周組織に類似した構造を有している。インプラントとその周囲軟組織界面は、上皮と結合組織により構成されている。インプラント周囲溝上皮は口腔上皮に由来し、それはインプラント周囲溝の一部を構成し、口腔内と直接接している。これは、インプラント上部構造撤去時の口腔内写真にて明確に理解できる。口腔上皮の一部は、ヘミデスモソーム結合によりインプラント表面に付着する接合上皮である。それは上皮細胞に由来し、インプラント表面の結合組織層にまで及んでいる。

生物学的幅径における結合組織層は、常にある一定の距離を維持している。健全な状態のインプラント周囲組織の構造は天然歯のそれと類似しているが、インプラント周囲には天然歯における歯根膜の役割を果たす結合組織線維は存在せず、コラーゲン線維束はインプラント体表面に沿って平行に走行している。そのため、炎症が惹起されると天然歯よりも容易に上皮のダウングロースが生じ、プロービングポケットデプスの深化を引き起こす。

健全なインプラント周囲軟組織の臨床的外観は、上皮の種類により影響される。上皮は角化粘膜および非角化粘膜により構成されている。角化粘膜あるいは咀嚼粘膜は、血管に乏しいく、緻密な結合組織線維束により骨膜に強固に付着しているため、手術による可動性に乏しい。また、非角化粘膜あるいは歯槽粘膜は血管に富んだ赤色を呈する。これは角化粘膜と比較すると、弾性線維に富み、コラーゲン線維に乏しいため、骨膜への付着性が低く、手術による可動性に富んでいる。健常な状態の結合組織は、インプラント周囲の臨床的外観に影響を与える。基底部に存在する結合組織の性質により、上皮の角化の有無は決定される。これは、外科処置による角化粘膜獲得における有効性の指標となる。

インプラント周囲の角化粘膜の必要性に関するいくつかの研究があるが、その結果に関して統一見解は得られておらず、角化粘膜の必要性に関するエビデンスは未だ確立されていない。角化粘膜の存在がインプラント治療において絶対的なアドバンテージになるとは限らないが、症例によってはインプラント埋入予定部位に角化粘膜を積極的に獲得することは有益となり得る。角化粘膜の存在の優位性を説いた多くの文献では、インプラント周囲には最低2mmの角化粘膜の幅が必要であるとされている。今日では、角化粘膜の獲得により患者自身によるインプラント周囲の清掃が容易になり、結果として炎症や軟組織の退縮、歯槽骨吸収の抑制につながるとされている。健全なインプラント周囲組織の維持・安定における角化粘膜の必要性に関して、エビデンスは未だ確立されていない。しかし、インプラント周囲の角化粘膜の存在は、インプラントの予後に影響すると考えられる。

各々のインプラントシステムのデザインは、インプラント周囲組織の幅径に影響を与え得る。インプラントは、上皮と結合組織からなる生物学的幅径により口腔内環境から隔離されている。この写真では、外側性アバットメントの装着により、インプラント・アバットメント接合部から根尖側への上皮の遊走が生じ、生物学的幅径維持のため、骨吸収および軟組織の退縮が生じたことを示唆している。プラットフォームスイッチングによる生物学的幅径の根尖側移動の抑制は、患者にとっても有益となりえる。

このエックス線写真は、インプラント・アバットメント接合部における生物学的幅径の維持・獲得のために骨組織にリモデリングが生じていることを示している。接合上皮は隣在歯歯槽骨頂へと数mm伸長し、健全な組織学的幅径が維持されているように思われる。インプラント周囲溝の深さ、接合上皮の長さ、歯槽骨頂部の位置、結合組織の幅や量により、インプラント表面における上皮および結合組織の位置は変化することがある。したがって、インプラント周囲軟組織における生物学的幅径の変化は疾患が原因として生じるだけではなく、インプラントのデザインや上部構造の設計が影響することにより生じる可能性がある。インプラント周囲組織をプロービングポケットデプスを用いて評価する際には、この点に留意する必要がある。

インプラント周囲組織の解剖学的特徴に関しての学習ポイント:上皮および結合組織により生物学的幅径は構成されている。これらの組織は、インプラント体の粘膜貫通部における封鎖性を獲得することにより、口腔内からの細菌侵入を防止している。生物学的幅径を構成する組織はインプラントおよびアバットメント表面に接している。角化粘膜は軟組織の臨床的外観を決定し、非角化粘膜は血管に富み、より可動性である。また、上皮下結合組織により表層の角化は決定されるため、外科処置によりインプラント周囲に角化粘膜を獲得することは可能であるとされる。インプラント周囲の角化粘膜の存在は、インプラントの清掃性および安定性維持のために有益であるとされているが、そのエビデンスは確立されていない。インプラントのデザインおよび埋入位置は、プロービングポケットデプス等に評価される軟組織の寸法に影響を与え得る。つまり、インプラントにおいては、天然歯におけるプロービングのように周囲軟組織の状態を示す規定値は存在しない。

インプラントは、口腔内の複雑かつ動的な微生物環境下に存在している。口腔内に露出したインプラントの一部や天然歯表面に形成されるバイオフィルムは歯垢と呼ばれる。バイオフィルムは、細菌およびその代謝産物、さらに細胞外マトリックスからなる微生物の複合体であり、口腔内環境、微生物、宿主間の相互作用を経て時間とともに動的に変化する。

インプラント表面に形成されたバイオフィルムは経時的に成熟する。インプラントのデザインや表面性状は、バイオフィルム形成に影響する。例えば、インプラント・アバットメント接合部やインプラント・上部構造接合部などが挙げられる。また、インプラントの表面粗さは、バイオフィルムの付着量および組成の両方に影響を与えるとされており、インプラントの粗面は研磨面よりもバイオフィルム形成量が多い。興味深いことに、近年のインプラント表面性状の変化も、バイオフィルム形成に影響を与えるとされている。しかしながら、本件に関しては現在のところ十分な研究報告はなされていない。

インプラント表面にもバイオフィルム形成が生じる。はじめに、口腔内にさらされたインプラント表面に唾液中のタンパク質が付着し、ペリクルを形成する。ペリクルを構成する特定の唾液中のタンパク質をレセプターとして様々な細菌群がインプラント表面に付着することで、バイオフィルムが形成され、細菌数は時間経過とともに増加する。バイオフィルムが成熟すると、表層に付着する細菌の種類が変化し、病原性の高い細菌が増加する。写真が示すように、これらの細菌により炎症反応が惹起される。インプラント周囲における病原性細菌の多くは、歯周病の原因菌と同様のものである。

バイオフィルムは、2つの方法でインプラント周囲組織に影響する。第一に、微生物・病原体は宿主の炎症反応を惹起する多くの分子を産生する。エンドトキシンまたはリポ多糖類のような細菌由来の分子により、インプラント周囲組織に炎症反応が惹起される。第二に、細菌性のタンパク質分解酵素により組織分解が引き起こされる。組織内に放出されたタンパク質分解酵により結合組織は分解される。これらの分子により、結合組織中のコラーゲン線維の分解を伴う炎症性組織反応が惹起される。時間の経過とともに、この分解反応は骨組織にまで及び、最終的にはインプラント周囲の骨吸収を引き起こす。バイオフィルムはインプラント支持組織の破壊を引き起こす重要な要素である。よって、バイオフィルムの形成を評価することは、インプラントの良好な状態を維持する上で非常に重要となる。口腔清掃状態とインプラント周囲骨吸収との間には直接的な関係があるとされている。また、バイオフィルムの成熟は軟組織の炎症を引き起こす。インプラント周囲軟組織の炎症状態を評価することは、インプラントの良好な状態を維持する上で重要な指標となり得る。

インプラント周囲バイオフィルムに関する学習ポイント:インプラント表面に形成されるバイオフィルムは微生物の複合体である。インプラントのデザインや表面性状はバイオフィルム形成に影響する。バイオフィルムの成熟とともに、病原性微生物の割合が増加する。微生物由来分子は炎症反応と組織分解を引き起こす。患者の口腔清掃不良は、周囲軟組織の炎症や骨吸収を引き起こすため、インプラント周囲に付着したバイオフィルムを評価することはインプラント周囲軟組織の健康状態を維持するうえで非常に重要である。

種々の臨床検査により、インプラント周囲軟組織の炎症症状を評価する。炎症により生じる変化を正しく理解することは、病態を理解するうえで非常に重要である。炎症反応は微生物等の異物排除を目的としているが、この反応自体が組織に対して悪影響を及ぼす可能性がある。炎症性組織反応は、血流増加、毛細血管拡張、細胞浸潤、結合組織および骨タンパク質の分解を引き起こす。これらの変化はすべて臨床評価により確認可能である。

炎症反応では、まず多形核白血球浸潤が生じる。白血球浸潤は、微生物に対する宿主の防御反応とされているが、重度の炎症反応は膿瘍形成の一因となる。炎症性細胞が組織内に浸潤すると、組織構造を分解する多くの酵素が放出される。コラーゲン線維の分解によりインプラント周囲溝は深化し、最終的に骨吸収が引き起こされる。炎症性メディエーターの放出により、インプラント周囲溝上皮組織の破壊が生じる。これにより、プロービング時の出血が引き起こされる。この出血反応は、発赤や浮腫等の臨床症状および炎症に関連した血管拡張や細胞外浸潤の結果として引き起こされる。最悪の場合、炎症反応は骨へ波及し、インプラント周囲の骨吸収を引き起こす。

インプラント周囲炎の影響に関する学習ポイント:インプラント周囲組織の評価において、感染と炎症の臨床症状を把握することが重要である。炎症反応による血管拡張が生じた結果として、発赤や浮腫が引き起こされる。プロービングポケットデプスの増加により、結合組織破壊の程度を把握できるが、骨吸収に関しては十分に把握することができない。プローブ挿入時の出血は炎症と関連しており、口腔清掃不良を示唆している。エックス線写真上の骨吸収像は、臨床所見と併せて評価する必要がある。

インプラント周囲軟組織の検査では、発赤、腫脹、排膿、疼痛などの炎症や感染の臨床徴候を評価する必要がある。さらに、プラークの有無による口腔清掃状態の評価、インプラント周囲のプロービングポケットデプスおよびプロービング時の出血、さらにエックス線写真による骨吸収の評価が必要となる。エックス線写真による評価のタイミングと頻度は、その他の検査から得られる患者自身のリスク因子により決定する。これらの評価は、インプラント周囲組織の健康状態を十分に評価し、骨吸収を予測するために、前述の臨床評価と併せて実施する必要がある。

インプラント周囲組織に生じた変化を十分に評価するためには、上部構造装着後の評価基準を設定することが重要である。評価基準の設定により、後に炎症症状が進行した状態と、初期の状態を比較することが可能となる。プロービングポケットデプスと軟組織辺縁の位置の変化には注意せねばならない。同様に、上部構造装着後の骨レベルをエックス線写真上にて確認することで、術直後数ヶ月間の正常な骨のリモデリングと、その後の病的な骨吸収を判別することができる。

口腔清掃状態は、プラーク付着の有無により評価する。通常、インプラント周囲ポケットに沿ってプローブ挿入し、プラークの付着を確認することで評価を行う。プラークの付着部位がインプラント全周に及ぶのか、あるいは特定の部位に限定されているかには留意する必要がある。同様に、口腔内におけるプラークの相対的な付着量を口腔清掃状態の指標として評価してもよい。スコア0はプラークの付着なしを表し、スコア1であればプラークはプローブでの擦過により検出可能なレベルであることを表す。プラークが目視可能な場合はスコア2とし、軟組織に症状が生じている場合はスコア3とする。

軟組織の色調などの状態を目視で確認することに加え、プロービング時の出血は、インプラント周囲軟組織の炎症評価において有用である。一般的には、インプラント周囲における軽圧でのプロービング時の出血の有無を目視で評価する。プロービング時の出血は、単に出血の有無として記録する。出血がある場合、組織は炎症を惹起していると考えられる。反対に、出血がない場合、組織は健全であると考えられる。プロービング時の出血により、炎症の程度を相対的に評価可能である。以下のスコアリングにより、インプラント周囲組織の炎症に関するより詳細な評価が可能である。インプラント周囲溝にプローブを挿入した際に出血がない場合はスコア0、部分的な出血が認められる場合はスコアが1、インプラント周囲に線上出血が認められる場合はスコア2、大量の出血が認められる場合はスコア3とする。

インプラントにおけるプロービングポケットデプスの解釈は、天然歯歯周組織におけるそれよりも複雑で難しい。インプラント周囲のプロービングポケットデプスに影響を与える要因としては、インプラントの埋入位置が挙げられる。例えば、インプラントの唇舌的な埋入位置により、インプラント唇側の組織欠損を引き起こす可能性がある。その他の要因としては、術後の治癒パターンや軟組織の厚径がある。患者は固有の組軟織の厚径を有しており、それは患者間あるいは患者の部位間で異なる値を示す。インプラントおよび上部構造の設計は、インプラント周囲溝へのプロービングポケットデプス、あるいはインプラント周囲軟組織辺縁の位置に影響を及ぼす。軟組織に炎症が生じている際、プロービングポケットデプスは変化し得る。そのような場合、プローブの先端がインプラント周囲骨頂部付近まで挿入可能な場合もある。このように、プロービングポケットデプスの増加は、軟組織の炎症、骨吸収、またはその両方を示唆し得る。また、インプラント周囲軟組織の退縮が生じている際、相対的にプロービングポケットデプスが減少するため、炎症が隠蔽されることがあるので注意せねばならない。そのため、インプラントや上部構造に評価基準を設定することで、プロービングポケットデプスや軟組織辺縁の位置を正確に評価することが重要となる。これにより、軟組織の一時的な状態に左右されずインプラント周囲組織の評価を行うことができる。

健全なインプラント周囲組織におけるプロービングでは、プローブ先端はインプラント周囲溝底部とおおよそ一致していることが望ましい。インプラント周囲粘膜辺縁の状態により、プロービングポケットデプスは変化し得る。この図に示されるように、インプラント周囲におけるプロービングの際、頬側では近心より小さい値を示すと考えられる。よって、ランドマークを決定したうえでプロービングを行い、その経時的な変化を評価することが重要となる。プロービングポケットデプスおよび軟組織辺縁の位置に変化がないならば、骨においても吸収が生じていないと判断できる。プロービングポケットデプスの変化は、インプラント周囲軟組織における炎症の影響を考慮して判断せねばならない。炎症がインプラント周囲溝深部で生じている際には、インプラント周囲結合組織の破壊が生じ、その結果プロービングポケットデプスの深化が生じる。また、粘膜の退縮や浮腫、過形成などによる軟組織辺縁の位置変化も、プロービングポケットデプスの値に影響を与える因子である。さらに、エックス線写真によるインプラント周囲骨吸収の評価は臨床上非常に重要であり、口腔内所見にて骨吸収が疑われる際には必ずエックス線写真による評価を行うべきである。

インプラント周囲組織の評価における学習ポイント:インプラント周囲軟組織の評価においては、臨床症状の評価が必須である。インプラント周囲における臨床症状の評価は、天然歯歯周組織におけるそれとは異なる様相を呈する。インプラントにおけるプロービングでは、他の臨床症状、インプラント周囲組織の解剖学的構造、インプラント自体の特性・特徴を総合的に考慮した慎重な評価が必要である。臨床症状の確認のためには、エックス線写真による評価が重要である。

本サマリー「インプラント周囲組織の評価」のまとめ。インプラント周囲における軟組織封鎖により、インプラント体粘膜貫通部における口腔内からの細菌侵入が防止されている。インプラントおよび上部構造表面におけるバイオフィルム形成は、インプラント周囲軟組織の健全な状態を維持するうえでの重要な課題といえる。インプラント周囲軟組織を健全な状態で維持するためには、良好な口腔清掃状態の維持とバイオフィルムの除去が非常に重要である。インプラント周囲組織の定期的な評価は、インプラント治療の成功および長期的な予後を確立するうえで必須である。臨床的評価は、インプラント治療に関連する宿主因子および微生物因子との間の生物学的相互作用を考慮して行わなければならない。臨床所見およびエックス線写真所見は、インプラント周囲組織の状態把握に役立つ。インプラントの感染やインプラント周囲の骨吸収を防止するためには、炎症を早期に認識し、排除することが重要である。上記を考慮し、患者の口腔内に埋入されたインプラントを良好に維持することは、患者の大きな利益となりえる。

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